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いと疾くはひ隱れ給ひぬるに、何心もなく寢入り給へるをいといとほしく、いかにするわざぞと胸つぶれて諸共に隱れなばやと思へど、さもえ立ちかへられでわなゝくわなゝく見給へば、火のほのかなるにうちき姿にていとなれがほに、几帳のかたびらをひきあげて入りぬるを、いみじういとほしく、いかにおぼえ給はむと思ひながら、あやしき壁のつらに屛風を立てたるうしろのむつかしげなるに居給ひぬ。あらましごとにてだにつらしと思ひ給へるを、まいていかにめづらかにおぼし疎まむといと心苦しきにも、すべてはかばかしきうしろみなくて落ちとまる身と物悲しきを思ひ續け給ふに、今はとて山に登り給ひし夕の御さまなど只今の心地していみじく戀しく悲しくおぼえ給ふ。中納言は一人ふし給へるを、心しけるにやと嬉しくて心ときめきし給ふに、やうやうあらざりけりと見る。今少し美くしくらうたげなる氣色はまさりてやとおぼゆ。あさましげにあきれ惑ひ給へるを、げに心も知らざりけりと見ゆればいといとほしくもあり、又おしかへして隱れ給へらむつらさのまめやかに心うくねたければ、これをもよそのものとはえ思ひ離れまじけれど、猶ほいの違はむ口惜しくて、うちつけにあさかりけりともおぼえ奉らじ。このひとふしは猶過ぐして遂にすくせのがれずは、こなたざまにならむも何かはこと人のやうにやはと思ひさまして、例のをかしくなつかしきさまに語らひてあかし給ひつ。老い人どもはしそじつと思ひて、中の君はいづこにかおはしますらむ、怪しきわざかなとたどりあへり。「さりともあるやうあらむ」などいふ。「大方例の見奉るに、皺のぶる心ちしてめでたくあはれに見まほしき御かたち有樣を、など