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こそ多く侍るめれ。それ皆例の事なめればもどきいふ人も侍らず。ましてかくばかりことさらにも作り出でまほしげなる人の御有樣に、志深うありがたげに聞え給ふをあながちにもて離れさせ給ひて、おぼしおきつるやうに行ひのほいをとげ給ふとも、さりとて雲霞をやは」などすべてこと多く申し續くれば、いとにくゝ心づきなくおぼして、ひれふし給へり。中の君もあいなくいとほしき御氣色かなと見奉り給ひて、諸共に例のやうにおほとのごもりぬ。うしろめたういかにもてなさむとおぼえ給へど、ことさらめきてさしこもりかくろへ給ふべき物の隈だになき御住ひなれば、なよゝかにをかしき御ぞうへに引き着せ奉り給ひて、まだけはひあつき程なれば少しまろびのきて臥し給へり。辨はのたまひつるさまを、まらうどに聞ゆ。いかなればいとかうしも世を思ひ離れ給ふらむ、ひじりだち給へりしあたりにて常なきものに思ひ知り給へるにやとおぼすに、いとゞ我が心に通ひておぼゆれば、さかしだちにくゝもおぼえず。「さらば物ごしなどにも今はあるまじき事におぼしなるにこそはあなれ。今夜ばかりおほとのごもるらむあたりに、忍びてたばかれ」とのたまへば、心して人とくしづめなど、心知れるどちは思ひかまふ。宵少し過ぐるほどに風の音荒らかにうち吹くに、はかなきさまなる蔀などはひしひしとまぎるゝ音に、人の忍び給へるふるまひは、え聞きつけ給はじと思ひて、やをら導きつる。同じところにおほとのごもれるを、うしろめたしと思へど、常のことなれば、ほかほかにともいかゞ聞えむ。御けはひをもたどたどしからず、見奉り給へつらむと思ひけるに、うちもまどろみ給はねば、ふと聞き給ひてやをら起き出で給ひぬ。