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いらへ給ふ。あかくなりゆき村鳥の立ちさまよふ羽風近う聞ゆ。夜深きあしたの鐘の音かすかにひゞく。今だにいと見苦しきをといとわりなう恥しげにおぼしたり。「ことありがほに朝露もえ分け侍るまじ。又人はいかゞ推し量り聞ゆべき。例のやうになだらかにもてなさせ給ひて、唯世に違いたる事にて、今より後もたゞかやうにしなさせ給ひてよ。世にうしろめたき心はあらじとおぼせ。かばかりあながちなる心の程も、あはれとおぼし知らぬこそかひなけれ」とて出で給はむの氣色もなし。あさましうかたはならむとて「今より後は。さればこそ。もてなし給はむまゝにあらむ。今朝はまた聞ゆるに隨ひ給へかし」とていとすべなしとおぼしたれば、「あなくるしや。曉のわかれやまだ知らぬことにてげに惑ひぬべきを」となげきがちなり。庭鳥もいづかたにかあらむ、ほのかにおとなふに、都思ひいでらる。

 「山里のあはれしらるゝ聲々にとりあつめたるあさぼらけかな」。女君、

 「鳥の音も聞えぬ山とおもひしを世にうきことは尋ねきにけり」。さうじ口まで送り奉り給ひて、よべ入りし戶口より出でゝふし給へれどまどろまれず。名殘戀しうて、いとかく思はましかば、月頃も今まで心のどかならましやなど、かへらむことも物憂くおぼえ給ふ。姬君は人の思ふらむことのつゝましきに、とみにもうちふされ給はで、たのもしき人なくて世を過ぐす身の心うきを、ある人どもゝよからぬこと、何やかやとつきづきに隨ひつゝいひ出づめるに、心よりほかの事ありぬべきよなめりとおぼし廻らすにはこの人の御けはひ有樣のうとましくはあるまじく、故宮もさやうなる心ばへあらばとをりをりのたまひおぼすめり