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ながらつれなくまめだち給ひけるかなと聞き給ふ事おほかり。御傍なるみじかき几帳を佛の御方にさし隔てゝかりそめにそひふし給へり。みやうがうのいとかうばしく匂ひて、しきみのいと華やかに薰れるけはひも、人よりはけに佛をも思ひ聞え給へる御心にてわづらはしく、墨染の今更に折ふし心いられしたるやうに、あはあはしう思ひそめしに違ふべければ、かゝるいみなからむ程にこの御心にも、さりとも少したわみ給ひなむなどせめてのどかに思ひなし給ふ。秋の夜のけはひはかゝらぬ所だにおのづからあはれ多かるを、まして峰の嵐も籬の蟲も心細げにのみ聞きわたさる。常なき世の御物語に時々さしいらへ給へるさま、いと見所多くめやすし。いぎたなかりつる人々は、かうなりけりと氣色とりて皆いりぬ。宮ののたまひしさまなどおぼし出づるに、げにながらへば心の外にかくあるまじき事も見るべきわざにこそはと物のみ悲しうて、水の音に流れそふ心地し給ふ。はかなく明けがたになりにけり。御供の人々おきてこわづくり、馬どものいばゆるをも、旅のやどりのあるやうなど人の語るをおぼしやられてをかしうおぼさる。光見えつる方のさうじを押しあけ給ひて空のあはれなるを諸共に見給ふ。女も少しゐざり出で給へるに、程もなき軒の近さなれば、しのぶの露もやうやう光り見えもて行く。かたみにいとえんなるさまかたちどもを、「何とはなくて唯かやうに月をも花をも同じ心にもてあそび、はかなき世の有樣を聞え合せてなむすぐさまほしき」といとなつかしきさまして語らひ聞え給へば、やうやう恐しさも慰みて、「かういとはしたなからで物隔てゝなど聞えば、誠に心のへだては更にあるまじくなむ」と