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ば、「隔てぬ心を更におぼしわかねば、聞え知らせむとぞかし。珍らかなりともいかなる方におぼしよるにかはあらむ。佛の御前にてちかごともたて侍らむ。うたて、なおぢさせ給ひそ。御心破らじと思ひそめて侍れば、人はかくしも推し量り思ふまじかめれど、世に違へるしれものにて過ぐし侍るぞや」とて心にくきほどなるほかげに、みぐしのこぼれかゝりたるをかきやりつゝ見給へば、人の御けはひ思ふやうにかをりをかしげなり。かう心ぼそうあさましき御すみかに、すいたらむ人はさはり所あるまじげなるを、我ならで尋ね來る人もあらましかば、さてや止みなまし、いかに口惜しきわざならましときし方の心のやすらひさへあやふくおぼえ給へど、いふかひなく憂しと思ひて、泣き給ふ御氣色のいといとほしければ、かくはあらで、おのづから心ゆるびし給ふ折もありなむと思ひわたる。わりなきやうなるも心苦しくて、さまよくこしらへ聞え給ふ。「かゝる御心の程を思ひよらであやしきまで聞えなれにたるを、ゆゝしき袖の色など見顯し給ふ心あさゝに、みづからのいふかひなさも思ひ知らるゝに、樣々慰む方なく」と恨みて、何心もなくやつれ給へる墨染のほかげを、いとはしたなく侘しと思ひ惑ひ給へり。いとかうしもおぼさるゝやうこそはと、はづかしきに聞えさせむ方なし。「袖の色を引きかけさせ給ふはしもことわりなれど、こゝら御覽じなれぬる志のしるしには、さばかりのいみおくべく、今始めたる事めきてやはおぼさるべき。なかなかなる御わきまへ心になむ」とてかの物の音聞きし有明の月かげより始めて、折々の思ふ心の忍び難くなりゆくさまをいと多く聞え給ふに、恥しうもありけるかなと疎ましう、かゝる心ばへ