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心なれば、こよなうももてなし難うて對面したまふ。佛のおはする中の戶をあけて、みあかしの火けざやかにかゝげさせてすだれに屛風をそへてぞおはする。とにもおほとなぶら參らすれど、「惱しうてむらいなるを、あらはに」など諫めてかたはらふし給へり。御くだものなどわざとはなくしなして參らせ給へり。御供の人々にも、ゆゑゆゑしきさかななどして出させ給へり。らうめいたる方に集りて、このおまへは人げ遠くもてなして、しめじめと物語聞え給ふ。うちとくべうもあらぬものから、懷しげにあいぎやうづきて物のたまへるさまの、なのめならず心に入りて思ひいらるゝもはかなし。かくほどもなきものゝへだてばかりをさはり所にて、覺束なく思ひつゝ過ぐす心おぞさの、あまりをこがましうもあるかなと思ひ續けらるれど、つれなくて大方の世の中のことゞも、あはれにもをかしうもさまざま聞く所多く語らひ聞え給ふ。內には人々近うなどのたまひおきつれど、さしももてはなれ給はざらなむと思ふべかめれば、いとしもまもり聞えず、さししぞきつゝ皆よりふして、佛の御ともし火もかゝぐる人もなし。物むつかしうて忍びて人めせど驚かず、「心地のかき亂りなやましう侍るを、ためらひて曉方にも又聞えむ」とて入り給ひなむとする氣色なり。「山路分け侍りつる人はましていと苦しけれど、かう聞えうけ給はるに慰めてこそ侍れ。うち捨てゝ入らせ給ひなばいと心ぼそからむ」とて屛風をやをら押しあけて入り給ひぬ。いとむくつけうてなからばかり入り給へるに、引きとゞめられて、いみじうねたう心憂ければ、「へだてなきとはかゝるをやいふらむ。珍らかなるわざかな」とあばめ給へるさまのいよいよをかしけれ