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をも、若き人々はのぞきてめで奉る。日暮れぬれば近き所々にみさうなど仕うまつる人々に、みまくさとりに遣りける。君も知り給はぬに田舍びたる人々、おどろおどろしくひき連れ參りたるを、あやしうはしたなきわざかなと御覽ずれど、おい人にまぎらはし給ひつ。大方かやうに仕うまつるべく、仰せ置きて出で給ひぬ。

年かはりぬれば空の氣色うらゝかなるに、みぎはの氷解けわたるにつけても、かうまでながらへけるもありがたくもと眺め給ふ。ひじりの坊より、「雪消えに摘みて侍るなり」とて澤の芹峯の蕨など奉りたり。いもひの御臺に參れる。「所につけては、かゝる草木のけしきに從ひて、行きかふ月日のしるしも見ゆるこそをかしけれ」など人々のいふを、何のをかしきならむと聞き給ふ。

 「君がをる峯のわらびと見ましかば知られやせまし春のしるしも」。

 「雪深きみぎはのこぜり誰がためにつみかはやさむ親なしにして」などはかなきことをうち語らひつゝ明けくらし給ふ。中納言殿よりも、宮よりも折すぐさず訪らひ聞え給ふ。うるさく何となき事多かるやうなれば例の書きもらしたるなめり。花ざかりの頃、宮かざしをおぼし出でゝ、そのをり見聞き給ひし君達なども、「いとゆゑありしみこの御住ひを、またも見ずなりにしこと」など大方のあはれを口々聞ゆるに、いとゆかしうおぼされたり。

 「つてに見し宿の櫻をこの春はかすみへだてず折りてかざゝむ」と心をやりてのたまへりけり。あるまじきことかなと見給ひながらいとつれづれなる程に、見所ある御文の、うはべばかりをもてけたじとて、