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ももてなさで、いとめやすくのどかなる心ばへならむとぞ推し量られ給ふ人の御けはひなる。かうこそはあらまほしけれと思ふに違はぬ心地し給ふ。事に觸れて氣色ばみよるも知らずがほなるさまにのみもてなし給へば、心恥しうて昔物語などをぞ物まめやかに聞え給ふ。「暮れはてなば雪いとゞ空もとぢぬべう侍り」と御供の人々こわづくれば、かへり給ひなむとて「心苦しう眺めくらさるゝ御住ひのさまなりや。唯山里のやうにいと靜なる所の、人も行きまじらぬ所に侍るを、さもおぼしかけばいかに嬉しく侍らむ」などのたまふも、いとめでたかるべきことかなと片耳に聞きてうちゑむ女ばらのあるを、中の君は、いと見苦しういかにさやうにはあるべきぞと見聞き居給へり。御くだものよしあるさまにてまゐり、御供の人々にもさかななどめやすき程にて、かはらけさし出させ給ひけり。かの御うつりがもてさわがれし殿居人ぞ、かづらひげとかいふつらつき心つきなくてある、はかなの御たのもし人やと見給ひて、召し出でたり。「いかにぞ、おはしまさで後心ぼそからむ」など問ひ給ふ。うちひそみつゝ心よわげになく。「世の中に賴むよるべも侍らぬ身にて、一所の御かげに隱れて三十餘年を過し侍りにければ、今はまして野山にまじり侍らむも、いかなる木の本をかはたのむべく侍らむ」と申して、いとゞ人わろげなり。おはしましゝ方あけさせ給へれば、塵いたう積りて佛のみぞ花のかざり衰へず行ひ給ひけりと見ゆる。御床など取りやりてかき拂ひたり。ほいをも遂げばと契り聞えしこと思ひ出でゝ、

 「立ちよらむかげと賴みし椎がもと空しき床になりにけるかな」とて柱により居給へる