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ゝるさまの人かげなどさへ絕えはてむ程とまりて思ひ給はむ心地どもをくみ聞え給ふも、いと胸痛うおぼしつゞけゝる。「いたく暮れ侍りぬ」と申せば、ながめさして立ち給ふに、雁なきてわたる。

 「秋霧のはれぬ雲ゐにいとゞしくこの世をかりといひしらすらむ」。兵部卿の宮に對面し給ふ時は、まづこの君達の御事をあつかひぐさにし給ふ。今はさりとも心やすきをおぼして、宮はねんごろに聞え給ひけり。はかなき御返りも聞えにくゝつゝましき方に女がたはおぼいたり。世にいといたうすき給へる御名のひろごりて好ましく艷におぼさるべかめるも、かういとうづもれたる葎の下よりさし出でたらむてつきも、いかにうひうひしくふるめきたらむなど、思ひくつし給へり。さてもあさましうて明し暮さるゝは月日なりけり。かく賴み難かりける御世を昨日今日とは思はで、唯大かた定なきはかなさばかりを明暮のことに聞き見しかば、我も人も後れさきだつ程しもやはへむなどうち思ひけるよ、きし方を思ひ續くるも、何のたのもしげなる世にもあらざりけれど、唯いつとなくのどかに眺めすぐし、物恐しくつゝましきこともなくて經つるものを、風の音も荒らかに、例見ぬ人かげもうちつれこわづくれば、まづ胸つぶれて物恐しく侘しう覺ゆることさへそひにたるが、いみじう堪へ難きことゝ、二所うち語らひつゝほすよもなくてすぐしたまふに年も暮れにけり。雪霰ふりしくころはいづくもかくこそはある風の音なれど、今始めて思ひいりたらむ山住の心地し給ふ。女ばらなど「あはれとしはかはりなむとす。心ぼそく悲しきことを、改まるべき春待