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おぼえずなりにたりや」とうち泣きつゝのたまへば、この人はましていみじく泣きてえも聞えやらず。御けはひなどの唯それかとおぼえ給ふに、年比うち忘れたりつるいにしへの御事をさへ取り重ねて聞えやらむ方もなくおぼゝれ居たり。この人はかの大納言の御めのと子にて、父はこの姬君達の母北の方の、母方のをぢ、左中辨にてうせにけるが子なりけり。年比遠き國にあくがれ、母君もうせ給ひて後かの殿には疎くなり、この宮には尋ねとりてあらせ給ふなりけり。人もいとやんごとなからず、宮仕なれにたれど心地なからぬものに宮もおぼして、姬君達の御うしろみだつ人になし給へるなりけり。むかしの御事は年比かく朝夕に見奉りなれ心隔つるくまなく思ひ聞ゆる君達にも、ひとことうち出で聞ゆるついでなく忍びこめたりけれど、中納言の君はふる人の問はずがたり皆例の事なれば、おしなべてあはあはしうなどはいひひろげずとも、いと恥しげなめる御心どもには聞き置き給へらむかしと推しはからるゝに、妬くもいとほしくもおぼゆるにぞ、又もてはなれてはやまじと思ひよらるゝつまにもなりぬべき。今は旅寢もすゞろなる心地して歸り給ふにも、これやかぎりのなどのたまひしを、などかさしもやはとうちたのみて又見奉らずなりにけむ秋やはかはれる。あまたの日數も隔てぬ程におはしにけむ方も知らず、あへなきわざなりや。殊に例の人めいたる御しつらひなくいとことそぎ給ふめりしかど、いと物淸げにかき拂ひあたりをかしくもてない給へりし御住ひも、大とこたち出でいり、こなたかなたひき隔てつゝ御念誦の具どもなどぞ變らぬさまなれど、佛は皆かの寺に移り奉りてむとすと聞ゆるを聞き給ふにも、か