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たのみ顏なることなども、ありつる日比を思ひ續くるもさすがに苦しうてつゝましけれど、ほのかにひとことなどいらへ聞え給ふさまの、げによろづ思ひほれ給へるけはひなれば、いと哀と聞き奉り給ふ。黑き几帳のすきかげのいと心苦しげなるに、ましておはすらむさま、ほの見し明けぐれなど思ひ出でられて、

 「色かはるあさぢを見ても墨染にやつるゝ袖をおもひこそやれ」とひとりごとのやうにのたまへば、

 「色かはる袖をばつゆのやどりにて我が身ぞさらにおきどころなき。はつるゝいとは」と末はいひけちて、いといみじく忍び難きけはひにて入り給ひぬなり。ひきとゞめなどすべき程にもあらねば飽かずあはれにおぼゆ。おい人ぞこよなき御かはりに出で來て、昔今をかきあつめ、悲しき御物語ども聞ゆる。ありがたくあさましき事どもを見たる人なりければ、かうあやしう衰へたる人ともおぼし捨てられず、いとなつかしう語らひ給ふ。「いはけなかりし程に故院に後れ奉りて、いみじう悲しきものは世なりけりと思ひ知りにしかば、人となり行くよはひにそへてつかさくらゐ世の中のにほひも何ともおぼえずなむ。唯かうしづやかなる御住ひなどの心にかなひ給へりしを、かくはかなく見なし奉りつるにいよいよいみじく、かりそめの世思ひ知らるゝ心も催されにたれど、心苦しうてとまり給へる御事どもほだしなど聞えむはかけがけしきやうなれど、ながらへてもかの御事あやまたず、聞えうけたまはらまほしきになむ。さるは覺えなき御ふる物語きゝしより、いとゞ世の中に跡とめむとも