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かゝる山ぶしだちて過してむとおぼす。中納言殿の御返りばかりは、かれよりもまめやかなるさまに聞え給へば、これよりもいとけうとげにはあらず聞え通ひ給ふ。御いみはてゝもみづからまうで給へり。東の廂のくだりたる方にやつれておはするに、近うたち寄り給ひて、ふる人召し出でたり。闇に惑ひ給へる御あたりにいとまばゆく匂ひ滿ちて入りおはしたれば、かたはらいたうて御いらへなどをだにえし給はねば、「かやうにはもてない給はで昔の御心むけに從ひ聞え給はむさまならむこそ、聞えうけたまはるかひあるべけれ。なよび氣色ばみたるふるまひをならひ侍らねば、人づてに聞え侍るは言の葉も續き侍らず」とあれば、「あさましう今までながらへ侍るやうなれど、思ひさまさむ方なき夢に惑はれ侍りてなむ、心より外に空のひかり見侍らむもつゝましうて、端近うもえみじろき侍らぬ」と聞え給へれば「ことゝいへば限なき御心の深さになむ。月日のかげは御心もて、はればれしくもていでさせ給はゞこそ罪も侍らめ。行く方もなくいぶせうおぼえ侍り。又おぼさるらむはしばしをもあきらめ聞えまほしくなむ」と申し給へば、「げにこそいとたぐひなげなめる御有樣を、慰め聞え給ふ御心ばへの淺からぬ程」など人々聞えしらす。御心地にもさこそいへ、やうやう心しづまりてよろづ思ひ知られたまへば、昔ざまにてもかうまで遙けき野邊を分け入り給へる志なども思ひ知り給ふべし。少しゐざりより給へり。おぼすらむさま、又のたまひ契りしことなど、いとこまやかになつかしういひて、うたて雄々しきけはひなどは見え給はぬ人なれば、けうとくすゞろはしくなどはあらねど、知らぬ人にかく聲を聞かせ奉り、すゞろに