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る御有樣を聞き給ふにも、阿ざ梨のあまりさかしきひじり心をにくゝつらしとなむおぼしける。入道の御ほいは昔より深くおはせしかど、かう見ゆづる人なき御事どもの見捨てがたきを、生けるかぎりは明暮え去らず見奉るを、世に心ぼそき世のなぐさめにも、おぼし離れ難くてすぐい給へるを、かぎりある道にはさきだち給ふも、慕ひ給ふ御心も、かなはぬわざなりけり。中納言殿には聞き給ひて、いとあへなく口惜しく、今一度心のどかにて聞ゆべかりける事多う殘りたる心地して、大方世の有樣思ひつゞけられていみじう泣い給ふ。またあひ見むこと難くやなどのたまひしを、猶常の御心にも朝夕のへだて知らぬ世のはかなさを、人よりけに思う給へりしかば、耳なれて昨日今日と思はざりけるを、かへすがへす飽かず悲しくおぼさる。阿ざ梨のもとにも、君達の御とぶらひもこまやかに聞え給ふ。かゝる御とぶらひなどまた音づれ聞ゆる人だになき御有樣なれば、物おぼえぬ御心地どもにも、年頃の御心ばへのあはれなめりしなどをも思ひ知り給ふ。世の常の程の別れだにさしあたりては、又類ひなきやうにのみ皆人の思ひ惑ふものなめるを、慰む方なげなる御身どもにていかやうなる心地どもし給ふらむとおぼしやりつゝ、のちの御わざなどあるべき事ども推しはかりて阿ざ梨にもとぶらひ給ふ。こゝにもおい人どもにことよせて御誦經などの事も思ひやり聞えたまふ。あけぬ夜の心地ながら九月にもなりぬ。野山の氣色まして袖の時雨を催しがちに、ともすれば爭ひ落つる木の葉の音も、水のひゞきも、淚の瀧もひとつものゝやうにくれ惑ひて、「かうてはいかでか限あらむ御命もしばしめぐらひ給はむ」とさぶらふ人々は心ぼ