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ゞなりにたらむ。くぢうなどにてかやうなる秋の月に、御前の御あそびのをりにさぶらひあひたる中に、物の上手とおぼしきかぎりとりどりにうちあはせたる拍子などことごとしきよりも、よしありとおぼえある女御更衣の御つぼねつぼねの、おのがじゝはいどましく思ひうはべのなさけをかはすべかめるを、夜深きほどの人のけしめりぬるに、心やましくかいしらべ、ほのかにほころび出でたる物の音など聞き所あるが多かりしかな。何事にも女はもてあそびのつまにしつべく、物はかなきものから人の心を動かすくさはひになむあるべき。されば罪の深きにやあらむ。子の道のやみを思ひやるにも、をのこはいとしも親の心をみださずやあらむ。女はかぎりありていふかひなき方に思ひ捨つべきにも、猶いと心苦しかるべき」など大方のことにつけてのたまへる、いかゞさおぼさゞらむと心苦しく思ひやらるゝ御心のうちなり。「すべて誠にしか思ひ給へすてたるけにや侍らむ。みづからのことにては、いかにもいかにも深う思ひ知る方の侍らぬを、げにはかなきことなれど、聲にめづる心こそ背きがたきことに侍りけれ。さかしうひじりだつ迦せうもさればや立ちて舞ひ侍りけむ」など聞えて、飽かず一聲聞きし御琴の音を、せちにゆかしがり給へば、うとうとしからぬはじめにもとやおぼすらむ、御みづからあなたに入り給ひてせちにそゝのかし聞え給ふ。箏の琴をぞいとほのかに、搔きならして止み給ひぬる。いとゞ人のけはひも絕えて哀なる空のけしき、所のさまにわざとなき御あそびの心に入りて、をかしうおぼゆれど、うちとけてもいかでかはひきあはせ給はむ。「おのづからかばかりならしそめつるのこりは、よごもれるどち