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の心のすさびに、物まうでの中やどり、ゆききのほどのなほざりごとに氣色ばみかけて、さすがにかくながめ給ふ有樣などおしはかりあなづらはしげにもてなすはめざましうて、なげのいらへをだにせさせ給はず。三宮ぞなほ見では止まじとおぼす御心深かりける。さるべきにやおはしけむ。宰相の中將その秋中納言になり給ひぬ。いとゞにほひまさり紿ふ。世のいとなみに添へてもおぼすこと多かり。いかなることといぶせく思ひ渡りし年比よりも心苦しうて、過ぎ給ひにけむいにしへざまの思ひやらるゝに、罪輕くなり給ふばかり、おこなひもせまほしくなむ、かのおい人をば哀なるものに思ひおきて、いちじるきさまならず、とかくまぎらはしつゝ心よせとぶらひ給ふ。宇治にまうでゝ久しうなりにけるを思ひ出でゝ參り給へり。七月ばかりになりにけり。都にはまだ入りたゝぬ秋の氣色を音羽の山近く風の音もいとひやゝかに槇の山邊も僅に色づきて、猶尋ね來たるにをかしう珍しうおぼゆるを、宮はまいて例よりも待ち喜び聞え給ひて、この度は心ぼそげなる物語いと多く申し給ふ。「なからむ後この君達をさるべきものゝたよりにもとぶらひ、思ひ捨てぬものにかずまへ給へ」などおもむけつゝ聞え給へば、「ひとことにても承りおきてしかば更に思う給へをこたるまじくなむ。世の中に心をとゞめじとはぶき侍る身にて、何事もたのもしげなきおひさきのすくなさになむ侍れど、さる方にてもめぐらひ侍らむかぎりは、變らぬ志を御覽じ知らせむとなむ思う給ふる」など聞え給へば、いとうれしとおぼいたり。夜深き月のあきらかにさし出でゝ、山のは近き心ちするに、ねんずいとあはれにし給ひて昔物がたりし給ふ。「この頃の世はいか