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へれど、箏のことをぞ心にもいれずをりをりかきあはせ給ふ。耳なれぬけにやあらむ、いと物深くおもしろしと若き人々思ひしみたり。所につけたるあるじいとをかしうし給ひて、よそに思ひやりし程よりは、なま孫王めく賤しからぬ人あまた、おほきみ四位のふるめきたるなど、かく人め見るべきをりと、かねていとほしがり聞えけるにや、さるべきかぎり參りあひて、甁子とる人もきたなげならず、さる方にふるめきてよしよししうもてなし給へり。まらうどたちは、御むすめたちのすまひ給ふらむ御有樣思ひやりつゝ、心つくす人もあるべし。かの宮はまいてかやすきほどならぬ御身をさへ處せくおぼさるゝを、かゝる折にだにと忍びかね給ひて、おもしろき花の枝を折らせ給ひて、御供にさぶらふ上わらはのをかしきして奉り給ふ。

 「山櫻にほふあたりに尋ねきておなじかざしを折りてけるかな。野をむつましみ」とやありけむ。御かへりはいかでかはなど、聞えにくゝおぼしわづらふ。「かゝるをりのこと、わざとがましくもてなし、程の經るもなかなかにくきことになむし侍りし」などふる人ども聞ゆれば、中の君にぞ書かせ奉り給ふ。

 「かざしをる花のたよりに山がつの垣根を過ぎぬ春のたび人。野をわきてしも」といとをかしげにらうらうしく書き給へり。げに河風も心わかぬさまに吹き通ふ物の音どもおもしろく遊び給ふ。御迎に藤大納言、仰言にて參り給へり。人々あまた參り集ひ、物さわがしくてきほひ歸り給ふ。若き人々飽かずかへりみのみせられける。宮は又さるべきついでしてとお