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からむ人をばいかでかはなどおぼし亂れて、つれづれとながめたまふ。所は春の夜もいと明しがたきを、心やり給へる旅寢のやどりはゑひのまぎれにいと疾う明けぬる心地して、飽かず歸らむことを宮はおぼす。はるばるとかすみ渡れる空に、散る櫻あれば今ひらけそむるなどいろいろ見渡さるゝに、河ぞひ柳のおきふし靡く水かげなどおろかならずをかしきを、見ならひ給はぬ人はいと珍しく見捨て難しとおぼさる。宰相はかゝるたよりをすぐさずかの宮に詣うでばやとおぼせど、あまたの人めをよきて一人漕ぎ出で給はむふなわたりのほども輕らかにやと思ひやすらひ給ふほどに、かれより御文あり。

 「山風にかすみ吹きとく聲はあれどへだてゝ見ゆるをちのしら波」。さうにいとをかしう書き給へり。宮おぼすあたりと見給へばいとをかしくおぼいて、「この御かへりは我せむ」とて、

 「をちこちのみぎはの波はへだつともなほ吹きかよへ宇治の河風」。中將はまうで給ふ。あそびに心入れたるきんだちさそひて、さしやり給ふほど、酣醉樂遊びて、水にのぞきたる廊に造りおろしたる橋の心ばへなど、さる方にいとをかしうゆゑある宮なれば、人々心して船よりおり給ふ。こゝはまたさまことに、山ざとびたる網代屛風などの、ことさらにことそぎて見所ある御しつらひを、さる心ちしてかきはらひいといたうしなし給へり。いにしへのねなど、いとになきひきものどもをわざとまうけたるやうにはあらでつぎつぎひき出で給ひて、壹越調のこゝろに櫻人遊び給ふ。あるじの宮の御きんをかゝるついでにと人々思ひ給