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となどのたまへるに、まうでむとおぼして、三の宮のかやうにおくまりたらむあたりのみまさりせむこそをかしかるべけれとあらましごとにだにのたまふものを。聞えはげまして御心さわがし奉らむとおぼして、のどやかなる夕暮に參り給へり。例のさまざまなる御物語聞えかはし給ふついでに宇治の宮のこと語り出でゝ、見し曉のありさまなどくはしく聞え給ふに、宮いとせちにをかしとおぼいたり。さればよと御氣色を見ていとゞ御心動きぬべくいひつゞけ給ふ。「さてそのありけむ返事はなどか見せ給はざりし。まろならましかば」と怨み給ふ。「さかし。いとさまざま御覽ずべかめる端をだに見せ給はぬ。かのわたりはかくいともうもれたる身にひきこめてやむべきけはひにも侍らねば必ず御覽ぜさせばやと思ひ給ふれど、いかでか尋ねよらせ給ふべき。かやすきほどこそすかまほしくはいとよくすきぬべき世に侍りけれ。うちかくろへつゝ多かめるかな。さるかたに見所ありぬべき女の物思はしきうち忍びたるすみかも山里めいたるくまなどにおのづから侍るべかめり。この聞えさするわたりはいとよづかぬひじりざまにてこちごちしうぞあらむと年比は思ひあなづり侍りて耳をだにこそ留め侍らざりけれ。ほのかなりし月影の見劣りせずばまほならむはや。けはひ有樣はたさばかりならむをぞあらまほしきほどと覺え侍るべき」など聞え給ふ。はてはてはまめだちていとねたく、おぼろげの人に心移るまじき人のかく深く思へるを、おろかならじとゆかしうおぼすことかぎりなくなり給ひぬ。「猶又々よく氣色見給へ」と人をすゝめ給ひて限りある御身のほどのよだけさをいとはしきまで心もとなしとおぼしたれば、をかしくて「い