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め侍りて、のこり多かるも苦しきわざになむ。かたはし聞え置きつるやうに今よりは御簾の前も心やすくおぼし許すべくなむ。御山ごもりはて侍らむ日數もうけ給はりおきていぶせかりし霧のまよひもはるけ侍らむ」などぞいとすくよかに書き給へる。左近のぞうなる人御使にて「かのおい人尋ねて文もとらせよ」とのたまふ。とのゐ人がさむげにてさまよひしなど哀におぼしやりて大きなるひわりごやうのもの數多せさせ給ふ。又の日かの御寺にも奉り給ふ。山ごもりの僧どもこのごろの嵐にはいと心ぼそく苦しからむを、さておはしますほどの布施給ふべからむとおぼしやりて絹綿など多かりけり。御行はてゝ出で給ふあしたなりければ行ひ人どもに綿絹袈裟衣などすべてひとくだりの程づゝあるかぎりの大とこたちにたまふ。とのゐ人かの御ぬぎすてのえんにいみじきかりの御ぞどもえならぬ白き綾の御ぞのなよなよといひ知らず匂へるをうつしきて、身をはたえかへぬものなれば似つかはしからぬ袖の香を人ごとに咎められめでらるゝなむなかなかところせかりける。心にまかせて身を安くもふるまはれず、いとむくつけきまで人の驚くにほひを失ひてばやと思へど、所せき人の御うつりがにてえもすゝぎすてぬぞあまりなるや。君は姬君の御返事いとめやすくこめかしきををかしく見給ふ。宮にも「かく御せうそこありき」など人々聞えさせ御覽ぜさすれば「何かは。けさうだちてもてない給はむもなかなかうたてあらむ。例の若き人に似ぬ御心ばへなめるを、なからむ後もなどひとことうちほのめかしてしかば、さやうにて心ぞとめたらむ」などのたまひけり。御みづからもさまざまの御とぶらひの山の岩屋に餘りしこ