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ひ侍るめるもことわりになむ」とてさすがに打ち出でずなりぬ。あやしく夢がたりかんなぎやうのものゝ問はずがたりするやうに珍らかにおぼさるれど哀に覺束なくおぼし渡ることのすぢを聞ゆればいとおくゆかしけれど、げに人めもしげし、さしぐみにふる物語にかゝづらひて夜を明しはてむもこちごちしかるべければ「そこはかと思ひわくことはなきものからいにしへのことゝ聞き侍るも物哀になむ。さらば必ずこののこり聞かせ給へ。霧晴れゆかばはしたなかるべきやつれをおもなく御覽じ咎められぬべきさまなれば思ひ給ふる心の程よりは口惜しうなむ」とて立ち給ふに、かのおはします寺の鐘の聲かすかに聞えて霧いと深くたちわたれる峯の八重雲思ひやるへだて多く哀なるに、猶この姬君達の御心のうちども心苦しう何事をおぼし殘すらむ、かくいとおくまり給へるもことわりぞかしなどおぼす。

 「あさぼらけ家路も見えずたづねこし槇のを山は霧こめてけり。心ぼそくも侍るかな」とたちかへりやすらひ給へるさまを都の人のめなれたるだに猶いとことに思ひ聞え侍るをまいていかゞは珍しう見ざらむ。御かへり聞え傅へにくげに思ひたれば例のいとつゝましげにて、

 「雲のゐる峯のかけぢを秋霧のいとゞへだつるころにもあるかな」。少しうち歎き給へる氣色淺からず哀なり。何ばかりをかしきふしは見えぬあたりなれど實に心苦しきこと多かるにもあかうなり行けばさすがにひたおもてなる心地して「なかなかなるほどに承りさしつること多かるのこりは今少しおもなれてこそは怨み聞えさすべかめれ。さるはかく世の