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悲しと思へり。大かたさだすぎたる人は淚もろなるものとは見聞き給へどいとかうしも思へるも怪しうなり給ひて「こゝにかく參ることはたびかさなりぬるを、かく哀知り給へる人もなくてこそ露けき道のほどに一人のみそぼちつれ。うれしきついでなめるをことなのこい給ひそかし」とのたまへば、「かゝる序しも侍らじかし。また侍るとも夜のまのほど知らぬ命の賴むべきにも侍らぬを、さらば唯かゝるふるもの世に侍りけりとばかりしろしめされ侍らなむ。三條の宮に侍ひし小侍從ははかなくなり侍りにけるとほのかに聞き侍りし。そのかみ睦じう思ひ給へしおなじほどの人多くうせ侍りにける世の末に、遙なる世界より傅はりまうできてこの五年六年のほどなむこれにかくさぶらひ侍る。えしろしめさじかし。この頃藤大納言と申すなる御このかみの、衞門督にてかくれ侍りにしは、ものゝついでなどにやかの御上とて聞し召し傳ふることも侍らむ。すぎ給ひていくばくも隔たらぬ心地のみし侍る。そのをりの悲しさもまだ袖のかわくをり侍らず思ひ給へらるゝを、手を折りて數へ侍ればかくおとなしくならせ給ひにける御よはひの程も夢のやうになむ。かの故權大納言の御乳母に侍りしは辨が母になむ侍りし。朝夕に仕うまつり馴れ侍りしかば人數にも侍らぬ身なれど人に知られず御心よりはたあまりけることををりをりうちかすめのたまひしを、今は限になり給ひにし御病の末つ方召しよせていさゝかのたまひおくことなむ侍りしを聞し召すべき故なむひとこと侍れどかばかり聞え出で侍るにのこりをとおぼし召す御心侍らばのどかになむ聞し召しはて侍るべき。若き人々もかたはらいたくさしすぎたりとつきじろ