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えさせ所に賴み聞えさせ、又かく世離れてながめさせ給ふらむ御心のまぎらはしにもさしも驚かさせ給ふばかり聞えなれ侍らばいかに思ふさまに侍らむ」など多くのたまへば、つゝましくいらへにくゝておこしつるおい人の出できたるにぞ讓り給ふ。たとしへなくさし過して「あなかたじけなや。かたはらいたきおましのさまにも侍るかな。御簾の內にぞ若き人々はものゝほど知らぬやうにこそ」などしたゝかにいふ聲のさだすぎたるもかたはらいたく君達はおぼす。「いとも怪しく世の中に住まひ給ふ人の數にもあらぬ御有樣にてさもありぬべき人々だに、とぶらひかずまへ聞え給ふも見え聞えずのみなりまさり侍るめるに、ありがたき御志のほどは數にも侍らぬ心にもあさましきまで思ひ給へ聞えさせ侍るを、若き御心地にもおぼし知りながら聞えさせ給ひにくきにや侍らむ」といとつゝみなく物馴れたるもなまにくきものからけはひいたう人めきてよしある聲なれば「いとたづきも知らぬ心地しつるにうれしき御けはひにこそ。何事もげに思ひ知り給ひけるたのみこよなかりけり」とて寄り居給へるを几帳のそばより見れば、曙のやうやうものゝの色わかるゝにげにやつし給へると見ゆる狩衣姿のいとぬれしめりたるほどうたてこの世の外のにほひにやと怪しきまでかをりみちたり。このおい人はうち泣きぬ。「さしすぎたる罪もやと思ひ給へ忍ぶれど、哀なる昔の御物語のいかならむ序にうち出で聞えさせかたはしをもほのめかししろしめさせむと、年比ねんずのついでにもうちまぜ思ひ給へわたるしるしにや嬉しきをりに侍るを、まだきにおぼゝれたる淚にくれてえこそ聞えさせ侍らね」とうちわなゝく氣色誠にいみじく物