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のゝ音めづる阿ざ梨にて「げにはたこの姬君達のこと彈きあはせて遊び給へる、阿波にきほひて聞え侍るはいとおもしろく極樂思ひやられ侍るや」とこだいにめづれば、帝ほゝゑみ給ひて「さるひじりのあたりにおひ出でゝこの世のかたざまはたどたどしからむとおしはからるゝを、をかしのことや、うしろめたく思ひ捨てがたくもて煩ひ給へらむを、もししばしもおくれむほどは讓りやはし給はぬ」などぞのたまはする。この院のみかどは十の御子にぞおはしける。朱雀院の故六條院にあづけ聞え給ひし入道の宮の御ためしをおぼし出でゝ、かの君達をがな、つれづれなるあそびがたきになどうちおぼしけり。中將の君はなかなかみこの思ひすまし給へらむ御心ばへを對面して見奉らばやと思ふ心ぞ深くなりぬる。さて阿ざ梨のかへりいるにも「必ず參りて物習ひ聞ゆべくまづうちうちにも氣色給はり給へ」など語らひ給ふ。みかどは御ことづてにて「哀なる御住まひを人づてに聞くこと」など聞え給うて、

 「世をいとふ心は山にかよへどもやへたつ雲をきみやへだつる」。阿ざ梨この御使をさきにたてゝかの宮にまゐりぬ。なのめなるきはのさるべき人の使だにまれなる山陰にいと珍しく待ち喜び給ひて、所につけたるさかなゝどしてさるかたにもてはやし給ふ。御かへし、

 「あとたえて心すむとはなけれども世をうぢ山にやどをこそかれ」。ひじりのかたをば卑下して聞えなし給へれば猶世に怨殘りけるといとほしく御覽ず。阿ざ梨「中將の君の道心深げに物し給ふ」など語り聞えて「法文などの心得まほしき志なむいはけなかりしよはひより深く思ひながら得去らず世にありふるほどおほやけわたくしにいとまなく明けくらし、わ