Page:Kokubun taikan 02.pdf/307

提供:Wikisource
このページは校正済みです

御琴ども敎へ聞え給ふ。いとをかしげに小き御程にとりどりかき鳴らし給ふ。物の音ども哀にをかしく聞ゆれば淚をうけ給ひて、

 「うちすてつゝつがひさりにし水鳥のかりのこの世にたち後れけむ。心づくしなりや」と目おしのごひ給ふかたちいと淸げにおはします宮なり。年比の御行ひに瘦せほそり給ひにたれどさてしもあてになまめきて、君達を聞き給ふ御心ばへに直衣のなえばめるを着給ひてしどけなき御さまいと恥しげなり。姬君御硯をやをらひきよせて手習のやうに書きまぜ給ふを「これに書きたまへ。硯には書きつけざなり」とて紙奉り給へばはぢらひて書き給ふ。

 「いかでかくすだちけるぞと思ふにもうき水鳥のもぎりをぞしる」。よからねどそのをりは哀なりけり。手はおひさき見えてまだよくもつゞけ給はぬ程なり。「若君も書き給へ」とあれば今少しをさなげに久しく書き出で給へり。

 「なくなくもはねうちきする君なくばわれぞすもりになるべかりける」。御ぞどもなどなえばみて御前に又人もなくいと寂しくつれづれげなるに、さまざまいとらうたげにて物し給ふを哀に心苦しういかゞおぼさゞらむ。經を片手にも給ひてかつ讀みつゝさうがをし給ふ。姬君に琵琶若君に箏の御琴を、まだをさなけれど常に合せつゝ習ひ給へば聞きにくゝもあらでいとをかしく聞ゆ。父帝にも母女御にも疾くおくれ給ひてはかばかしき御後見のとりたてたる坐せざりければ、ざえなど深くも得習ひ給はず。まいて世の中に住みつく御心おきてはいかでかは知り給はむ。たかき人と聞ゆる中にもあさましうあてにおほどかなる女