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にくげなるみづからはかくて心やすくだに眺めすぐい給へとてまかでさせたるを、それにつけても聞きにくゝなむ。上にもよろしからずおぼしのたまはすなる序あらばほのめかし奏し給へ。とざまかうざまにたのもしく思ひ給ひていだし立て侍りし程は、いづかたをも心やすくうちとけ賴み聞えしかど、今はかゝる事あやまりにをさなうおほやけなかりけるみづからの心をもどかしくなむ」とうち歎い給ふ氣色なり。「更にかうまで覺すまじき事になむ。かゝる御まじらひの安からぬ事は昔よりさることゝなり侍りにけるを、位を去りて靜におはしまし、何事もけざやかならぬ御有樣となりにたるに誰もうちとけ給へるやうなれどおのおのうちうちにはいかゞいどましくもおぼす事もなからむ。人は何の咎と見ぬことも我が御身にとりてはうらめしくなむ。あいなき事に心を動し給ふこと女御后の常の御癖なるべし。さばかりのまぎれもあらじものとてやはおぼし立ちけむ。唯なだらかにもてなして御覽じ過ぐすべきことに侍るなり。をのこの方にて奏すべきことにも侍らぬことになむ」といとすくすくしう申し給へば「對面の序にうれへ聞えむと待ちつけ奉りたるかひもなくあはの御ことわりや」とうち笑ひておはする。人の親にてはかばかしがり給へる程よりは、いと若やかにおほどいたる心ちす。御息所もかやうにぞおはすべかめる。宇治の姬君の心とまりて覺ゆるも、かうざまなるけはひのをかしきぞかしと思ひ居給へり。ないしのかみもこの頃まかで給へり。こなたかなたすみ給へるけはひをかしく大方のどやかに紛るゝことなき御ありさまどものすのうち心耻しうおぼゆれば心づかひせられていとゞもてしづめめやす