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てなる常陸帶のと、手習にもことぐさにもするはいかに思ふやうのあるにかありけむ。御息所安げなき世のむつかしさに里がちになり給ひにけり。かんの君思ひしやうにはあらぬ御有樣を口をしとおぼす。內の君はなかなか今めかしう心やすげにもてなして、世にも故あり心にくきおぼえにてさぶらひ給ふ。左大臣うせ給ひて、右は左に藤大納言左大將かけ給へる右大臣になり給ふ。次々の人々なりあがりてこの薰中將は中納言に、三位の君は宰相になりてよろこびし給へる人々この御ざうより外に人なき比ほひになむありける。中納言の御よろこびにさきのないしのかんの君に參り給へり。御前の庭にて拜し奉り給ふ。かんの君對面し給ひて「かくいと草深くなりゆく葎の門をよぎ給はぬ御心ばへにも、まづ昔の御こと思ひ出でられてなむ」など聞え給ふ。御聲のあてに愛敬づき聞かまほしう今めきたり。ふりがたくもおはするかな、かゝれば院の上は恨み給ふ御心絕えぬぞかし、今遂にことひき出で給ひてむと思ふ。「よろこびなどは心にはいとしも思う給へねども、まづ御覽ぜられにこそ參り侍れ。よぎぬなどのたまはするはおろかなる罪にうちかへさせ給ふにや」と申し給ふ。「今日はさだすぎにたる身の上など聞ゆべき序にもあらずとつゝみ侍れど、わざと立ちより給はむことはかたきを、對面なくてはたさすがにくだくだしきことになむ。院にさぶらはるゝがいといたう世の中を思ひみだれ中空なるやうにたゞよふを、女御をたのみ聞え又后の宮の御かたにもさりともおぼし許されなむと思ひ給へすぐすに、いづかたにもなめげに許さぬものにおぼされためれば、いとかたはらいたくて宮達はさぶらひ給ふ。このいと交らひ