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くせは目に見えぬものなればかうおぼしのたまはするを、これは契り異なるともいかゞは奏しなほすべきことならむ。中宮を憚り聞え給ふとて院の女御をばいかゞし奉り給はむとする。後見や何やとかねておぼしかはすともさしもえ侍らじ。よし見聞き侍らむよう思へば、內は中宮おはしますとてことびとは交らひ給はずや、君に仕うまつることはそれが心やすきこそ昔より興あることにはしけれ。女御はいさゝかなることのたがひめありてよろしからず思ひ聞え給はむに、ひがみたるやうになむ世のきゝみゝも侍らむ」など二所して申し給へば、かんの君いと苦しとおぼしぬ。さるは限りなき御思ひのみ月日に添へてまさる。七月より孕み給ひにけり。うち惱み給へるさまげに人のさまざまに聞え煩はすもことわりぞかし。いかでかはかゝらむ人をなのめに見聞き過ぐしてはやまむとぞ覺ゆる。明暮御あそびをせさせ給ひつゝ侍從も氣近う召し入るれば御琴の音などは聞き給ふ。かの梅がえにあはせたりし中將のおもとの和琴も常に召し出でゝ彈かせ給へば、聞きあはするにもたゞには覺えざりけり。その年かへりてをとこだうかせられけり。殿上の若人どもの中に物の上手多かる比ほひなり。その中にも勝れたるをえらせ給ひて、この四位の侍從右の歌頭なり。かの藏人の少將樂人の數の中にありけり。十四日の月の花やかに曇りなきに御前より出でゝ冷泉院にまゐる。女御もこの御息所も上に御つぼねして見給ふ。上達部親王達ひき連れて參り給ふ。右の大殿致仕の大殿のぞうを離れてきらきらしう淸げなる人はなき世なりと見ゆ。內のお前よりもこの院をばいとはづかしうことに思ひ聞えて皆人用意を加ふる中にも、藏人