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す。

 「紫の色はかよへど藤の花こゝろにえこそまかせざりけれ」。まめなる君にていとほしと思へり。いと心惑ふばかりは思ひ入れざりしかど口をしうは覺えけり。かの少將の君はしもまめやかにいかにせましとあやまちもしつべく靜めむ方なくなむ覺えける。聞え給ひし人々中の君とうつろふもあり。少將の君をば母北の方の御怨によりさもやと思ほしてほのめかし聞え給ひしを絕えて音づれずなりにたり。院にはかの君達もしたしくもとよりさぶらひ給へど、この參り給ひて後をさをさ參らず。まれまれ殿上の方にさしのぞきても、あぢきなうにげてなむまかり出でける。內には故おとゞの志おき給へるさまことなりしをかく引き違へたる御宮仕を、いかなるにかとおぼして中將をめしてなむのたまはせける。御氣色よろしからず。「さればこそ世の人の心のうちも傾きぬべきことなりとかねて申しゝことをおぼしとるかたことにて、かうおぼしたちにしかばともかくも聞えがたくて侍るに、かゝる仰言の侍るはなにがしらの身のためもあぢきなくなむ侍る」といとものしと思ひて、かんの君を申し給ふ。「いざや只今かう俄にしも思ひたゝざりしを、あながちにいとほしうのたまはせしかば、後見なきまじらひの內わたりははしたなげなめるを、今は心やすき御有樣なめるにまかせ聞えてと思ひよりしなり。誰もたれもびんなからむ事はありのまゝにもいさめ給はで、今ひきかへし右のおとゞもひがひがしきやうにおもむけてのたまふなれば苦しうなむ。これもさるべきにこそは」となだらかにのたまひて心もさわがい給はず「その昔の御す