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にし。「みづから强ちに申さましかばさりともえ違へ給はざらまし」などのたまふ。さて例の

 「花を見て春はくらしつ今日よりやしげきなげきの下にまどはむ」と聞え給へり。お前にてこれかれ上臈だつ人々この御懸想人のさまざまにいとほしげなるを聞え知らするなかに中將おもと「いきしにをといひしさまの、言にのみはあらず、心苦しげなりし」など聞ゆればかんの君もいとほしと聞き給ふ。おとゞ北の方のおぼす所によりせめて人の御うらみ深くはと取りかへありておぼす、この御まゐりを妨げやうに思ふらむはしもめざましきこと限なきにても、たゞ人にはかけてあるまじきものに故殿のおぼしおきてたりしものを、院に參り給はむだに行末のはえばえしからぬをおぼしたる折しも、この御文とり入れて哀がる。御かへし。

 「今日ぞしる空をながむる氣色にて花に心を移しけりとも」。「あないとほしき戯れにのみも取りなすかな」などいへど、うるさがりて書きかへず。九日にぞまゐりたまふ。右の大殿御車御前の人々數多奉り給へり。北の方もうらめしと思ひ聞え給へど年比もさもあらざりしに、この御事故しげう聞えかよひ給へるを、又かき絕えむもうたてあればかづけものどもよき女のさうぞくあまた奉れ給へり。「あやしううつし心もなきやうなる人のありさまを見給へあつかふほどに、承り留むることもなかりけるを驚かさせ給はぬもうとうとしくなむとぞありける。おいらかなるやうにてほのめかし給へるをいとほしと見給ふ。おとゞも御文あり。「みづからも參るべきと思う給へつるに愼む事の侍りてなむ、をのこどもざうやくにとて