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ましきまで恨み歎けばこのまへ申すもあまりたはぶれにくゝいとほしといらへもをさをさせず。かの御碁のけんそせし夕暮のこともいひ出でゝ「さばかりの夢をだに又見てしがな。あはれ何をたのみにていきたらむ。かう聞ゆる事ものこり少なう覺ゆればつらきも哀といふことこそ誠なりけれ」とまめだちていふ。哀とていひやるべき方なきことなり。かの慰め給はむ御さま露ばかりうれしと思ふべき氣色もなければ、げにかの夕暮のけんそふなりけむに、いとゞかうあやにくなる心は添ひたるならむとことわりに思ひて聞しめさせたらば、いとゞいかにけしからぬ御心なりけりと疎み聞え給はむ心苦しと思ひ聞えつる心もうせぬ、いと後めたき御心なりけりとむかひびつくれば、「いでやさばれや、今はかぎりの身なれば物恐しくもあらずなりにたり。さても負け給ひしこそいとほしかりしか、おいらかに召し寄せてめぐはせ奉らましかばこよなからましものを」などいひて、

 「いでやなぞ數ならぬ身にかなはぬは人にまけじの心なりけり」。中將うちわらひて、

 「わりなしや弱きによらむ勝負をこゝろひとつにいかゞまかする」といらふるさへぞつらかりける。

 「あはれとて手をゆるせかしいきしにを君にまかする我が身とならば」。泣きみ笑ひみ語らひ明す。またの日は卯月になりにければはらからの君達のうちに參りさまよふに、いたうくつし入りて眺め居給へれば、母北の方は淚ぐみておはす。おとゞも院の聞しめす所もあるべし、何にかはおふなおふな聞き入れむと思ひてくやしう對面の序にもうち出で聞えずなり