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まぎれもやと影にそひてぞうかゞひありきける。君達は花のあらそひをしつゝ明し暮し給ふに、風荒らかに吹きたる夕つ方亂れおつるがいと口惜しうあたらしければまけ方の姬君、

 「櫻ゆゑ風にこゝろのさわぐかな思ひぐまなき花と見るみる」。御かたの宰相君、

 「咲くと見てかつは散りぬる花なればまくるを深きうらみとも見ず」と聞えたすくれば、右の姬君、

 「風にちることは世のつね枝ながらうつろふ花をたゞにしも見じ」。この御方のたいふの君、

 「心ありて池の汀におつる花あわとなりても我がかたによれ」。勝方の童べおりて花の下にありきて散りたるをいとおほく拾ひてもてまゐれり。

 「大ぞらの風にちれども櫻花おのがものとぞかきつめて見る」。左のなれき、

 「櫻花にほひあまたに散らさじと覆ふばかりの袖はありやは。心せばげにこそ見ゆめれなどいひをらす。かくいふに月日はかなく過ぐすも行く末うしろめたきをかんの殿はよろづにおぼす。院よりは御せうそこ日々にあり。「女御うとうとしく覺しへだつるにや上はこゝに聞え疎むるなめり」といとにくげにおぼしのたまへば「たはぶれにも苦しうなむ。同じくはこの比のほどにおぼしたちね」などいとまめやかに聞え給ふ。さるべきにこそはおはすらめ、いとかうあやにくにの給ふもかたじけなしなどおぼしたり。御調度などはそこらしおかせ給へれば人々のそうぞく何くれのはかなきことをぞ急ぎ給ふ。これを聞くに藏人の少