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心地ぞするや。琴笛のしらべ花鳥の色をも音をも時にしたがひてこそ人の耳にもとまるものなれ。「春宮はいかゞ」など申し給へば「いざや始よりやんごとなき人のかたはらもなきやうにてのみ物し給ふめればこそ、なかなかにてまじらはむは胸いたく人笑はれなる事もやあらむとつゝましければ、殿おはせましかば行く末の御宿世宿世は知らず只今はかひあるさまにもてなし給ひてましを」などのたまひ出でゝ皆ものあはれなり。中將など立ち給ひて後君達はうちさし給へる碁うち給ふ。「昔より爭ひ給ふ櫻をかけものにて三番に數ひとつ勝ち給はむ方に花をよせてむ」とたはぶれかはし聞え給ふ。くらうなれば端近うて打ちはて給ふ。御簾卷きあげて人々皆いどみねんじ聞ゆ。折しも例の少將、侍從の君の御曹司に來たりけるをうちつれて出で給ひにければ、大方人ずくなゝるに廊の戶のあきたるにやをら寄りて覗きけり。かううれしき折を見つけたるは佛などの顯はれ給へらむに參りたらむ心地するも、はかなき心になむ。夕ぐれの霞のまぎれはさやかならねど、つくづくと見れば櫻色のあやめもそれと見わきつ。げに散りなむ後のかたみにも見まほしくにほひ多く見え給ふを、いとゞことざまになり給はむことわびしく思ひまさる。若き人々のうちとけたる姿どもゆふばえもをかしう見ゆ。右勝たせ給ひぬ。「高麗のらんさうおそしや」などはやりかにいふもあり。右に心よせ奉りて「西のお前によりて侍る木を左になして年比の御あらそひのかゝればありつるぞかし」と右方は心地よげにはげまし聞ゆ。何事と知らねどをかしと聞きてさしいらへもせまほしけれど、うちとけ給へる折心地なくやはと思ひて出でゝいぬ。またかゝる