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宮仕のいそがしうなり侍る程に人におとりにたるはいと本意なきわざかなと憂へ給へば「辨官はまいて私の宮仕をこたりぬべきまゝにさのみやはおぼしすてむ」など申し給ふ。碁打ちさして耻らひておはさうずるいとをかしげなり。「內わたりなどまかりありきても故殿のおはしまさましかばと思う給へらるゝこと多くこそ」など淚ぐみて見奉り給ふ。廿七八の程に物し給へばいとよくとゝのひてこの御有樣どもをいかでいにしへおぼしおきてしに違へずもがなと思ひ居給へり。お前の花の木どもの中にも匂ひまさりてをかしき櫻を折らせて「外のには似ずこそ」などもてあそび給ふを「をさなくおはしまさうし時、この花はわがぞわがぞと爭ひ給ひしを、故殿は姬君の御花ぞと定め給ふ。上は若君の御木とさだめ給ひしを、いとさはなきのゝしらねど安からず思ひ給へられしはや」とて「この櫻の老木になりにけるにつけても過ぎにける齡を思ひ給へ出づれば、數多の人に後れ侍りにける身の愁もとめがたうこそ」など泣きみ笑ひみ聞え給ひて例よりはのどやかにおはす。人の婿になりて今は心しづかにも見え給はぬを花に心とめて物し給ふ。かんの君かくおとなしき人の親になり給ふ、御年の程思ふよりはいと若うきよげに猶盛の御かたちと見え給へり。冷泉院のみかどはおほくはこの御有樣の猶ゆかしう昔戀しうおぼし出でられければ、何につけてかはとおぼしめぐらして姬君の御事をあながちに聞え給ふにぞありける。院へ參り給はむことはこの君達ぞ猶物のはえなき心地こそすべけれ。萬の事時につけたるをこそ世人もゆるすめれ。げにいと見奉らまほしき御ありさまはこの世にたぐひなくおはしますめれど盛ならぬ