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しるしの淚もろさにや。少將も聲いとおもしろうてさきくさうたふ。さかしら心つきてうち過ぐしたる人もまじらねば、おのづからかたみにもよほされて遊び給ふに、あるじの侍從は故大臣に似奉り給へるにやかやうの方はおくれて盃をのみ進むれば「ことぶきをだにせむや」とはづかしめられて竹河をおなじ聲にいだしてまだ若けれどをかしううたふ、簾のうちよりかはらけさしいづ。「醉のすゝみてはしのぶることもつゝまれず、ひがごとするわざとこそ聞き侍れ、いかにもてない給ふぞ」ととみにうけひかず。こうちきかさなりたるほそながの、人がなつかしうしみたるをとりあへたるまゝにかづけ給ふ。「何そもぞ」などさうどきて侍從はあるじの君にうちかづけていぬ。引きとゞめてかづくれど「みづうまやにて夜更けにけり」とてにげにけり。少將はこの源侍從の君のかうほのめきよるめればみな人これにこそ心よせ給ふらめ、我が身はいとゞくんじいたく思ひよわりてあぢきなうぞうらむる。

 「人はみな花に心をうつすらむひとりぞまどふ春の夜のやみ」。うちなげきてたてば內の人のかへし、

 「をりからや哀もしらむ梅の花たゞかばかりにうつりしもせじ」。あしたに四位の侍從のもとよりあるじの侍從のもとに「よべはいとみだりがはしかりしを、人々いかに見給ひけむと見給へ」とおぼしう假名がちにかきて、はしに、

 「竹河のはしうちいでしひとふしに深き心のそこはしりきや」と書きたり。寢殿にもて參りてこれかれ見給ふ。「手などもいとをかしうもあるかな。いかなる人今よりかくとゝのひ給