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人々はめでくつがへる。侍從の君まめ人の名をうれたしと思ひければ二十餘日の比梅の花盛なるににほひすくなげにとりなされし、すきものならはさむかしとおぼして藤侍從の御許におはしたり。中門入り給ふ程に同じ直衣すがたなる人たてりけり。かくれなむと思ひけるをひきとゞめたれば、この常にたちわづらふ少將なりけり。寢殿の西面に琵琶箏の琴の聲するに心をまどはして立てるなめり。苦しげや、人のゆるさぬ事思ひはじめむは罪深かるべきわざかなと思ふ。琴の聲も止みぬれば「いざしるべし給へ、まろはいとたどたどし」とて引きつれて、西の渡殿の前なる紅梅の木のもとに梅がえをうそぶきて立ちよるけはひの、花よりもしるくざとうち匂へれば、妻戶おしあけて人々あづまをいとよく搔き合せたり。女の琴にてりよの歌はかうしもあはせぬをいたしと思ひて、今ひとかへりおりかえしうたふを、琵琶もになく今めかしう故ありてもてない給へるあたりぞかしと、心とまりぬれば今夜は少しうちとけてはかなしごとなどもいふ。內より和琴さしいでたり。かたみにゆづりて手觸れぬに、侍從の君してかんの殿「故致仕の大臣の御爪音になむ通ひ給へると聞きわたるを、まめやかにゆかしくなむ。今夜は猶鶯にもさそはれ給へ」との給ひ出しければあまえて爪くふべきことにもあらぬをと思ひて、をさをさ心に入らず、かきわたし給へる氣色いとひゞき多く聞ゆ。常に見奉りむつびざりし親なれど、世におはせずと思ふにいと心ぼそきに、はかなきことの序にも思ひ出で奉るにいとなむあはれなる、大かたこの君はあやしう故大納言の御有樣にいとようおぼえ、琴の音など唯それとこそ覺えつれとてない給ふも、ふるめい給ふ