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これをこそさしならべて見め」と聞きにくゝいふ。げにいと若うなまめかしきさましてうちふるまひ給へる匂香などよのつねならず。姬君と聞ゆれど心おはせむ人はげに人よりはまさるなめりと見知り給ふらむかしとぞ覺ゆる。かんの殿御念誦堂におはして「こなたに」とのたまへば、ひんがしのはしより昇りて戶口の御簾の前に居給へり。お前近き若木の梅心もとなくつぼみて、螢の初聲もいとおほどかなるに、いとすかせ奉らまほしきさまのし給へれば、人々はかなきことをいふにことずくなに心にくき程なるをねたがりて宰相の君と聞ゆる上臈のよみかけ給ふ。

 「折りて見ばいとゞにほひもまさるやとすこし色めけ梅のはつ花」。口はやしと聞きて、

 「よそにてはもぎ木なりとやさだむらむしたに匂へる梅のはつはな。さらば袖ふれて見給へ」などいひすさぶに、まことは色よりもと口々ひきもうごかしつべくさまよふ。かんの君奧の方よりゐざり出で給ひて「うたての御達や耻しげなるまめ人をさへよくこそおもなけれ」と忍びてのたまふなり。まめ人とこそつけられたりけれ、いとくつしたる名かなと思ひ居給へり。あるじの侍從殿上などもまだせねば所々もありかでおはしあひたり。せんかうの折敷二つばかりしてくだものさかづきばかりさしいで給へり。「おとゞはねびまさり給ふまゝに故院にいとようこそ覺え奉り給へれ。この君は似給へる所も見え給はぬを、けはひのいとしめやかになまめいたるもてなしぞかの御若ざかり思ひやらるゝ。かうざまにぞおはしけむかし」など思ひ出で聞え給ひてうちしほたれ給ふ名殘さへとまりたるかうばしさを