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卿宮ひき給ふ。この御琴は宣陽殿の御物にて代々に第一の名ありし御琴を故院の末つ方一品宮好み給ふことにてたまはり給へりけるを、この折の淸らを盡し給はむとするためおとゞの申し給はり給へる御つたへつたへをおぼすに、いと哀に昔のことも戀しくおぼし出でらる。御子もゑひ泣きえ留め給はず。御氣色とり給ひてきんは御前にゆづり聞えさせ給ふ。物の哀にえ過し給はで珍しきもの一つばかりひき給ふにことごとしからねど限なくおもしろき夜の御遊なり。さうがの人々みはしに召してすぐれたる聲のかぎり出してかへり聲になる。夜の更け行くまゝに物のしらべどもなつかしく變りて靑柳遊び給ふ程げにねぐらの鶯驚きぬべくいみじくおもしろし。わたくしごとのさまにしなし給ひて祿などいとさやうざくに設けられたりけり。曉にかんの君かへり給ふ、御贈物などありけり。「かう世を捨つるやうにて明し暮すほどに年月のゆくへも知らず顏なるをかう數へ知らせ給へりけるにつけては心ぼそくなむ。時々は老いやまさると見給ひくらべよかし。かくふるめかしき身の所せきに、思ふに從ひてたいめなきもいと口惜しくなむ」など聞え給ひて哀にもをかしくも思ひいで聞え給ふことなきにしもあらねば、なかなかほのかにかく急ぎ渡り給ふを、いと飽かず口惜しくぞおぼされける。かんの君も誠の親をばさるべき契ばかりに思ひ聞え給ひて、ありがたくこまやかなりし御心ばへを、年月にそへてかく世に住みはて給ふにつけてもおろかならず思ひ聞え給ひけり。かくて二月の十餘日に朱雀院の姬宮六條院に渡り給ふ。この院にも御心まうけ世の常ならず若菜參りし西の放ちいでに御帳たてゝ、其方の一二の對渡殿かけ