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給へるを心やましと思ひ居給へり。北の方まかで給ひてうちわたりの事のたまふ序に「若君の一夜とのゐして罷り出でたりしにほひのいとをかしかりしを人はなほと思ひしを宮のいとおもほしよりて、兵部卿の宮に近づき聞えにけり、うべわれをばすさめたりと氣色とり怨じ給ひしこそをかしかりしか。こゝに御せうそこやありし。さも見えざりしを」とのたまへば「さかし。梅の花めで給ふ君なればあなたのつまの紅梅いとさかりなりしをたゞならで折りて奉れたりしなり。移香はげにこそ心ことなれ、交らひし給はむ女などはさはえしめぬかな。源中納言はかうざまにこのましうはたき匂はせで人香こそ世になけれ。怪しうさきの世の契りいかなりけるむくいにかとゆかしき事にこそあれ。同じ花の名なれど梅はおひ出でけむねこそ哀なれ。この宮などのめで給ふ、さることぞかし」など花によそへてもまづかけ聞え給ふ。宮の御方は物おぼし知る程にねびまさり給へれば何事も見知り聞き咎め給はぬにはあらねど、人に見え世づきたらむ有樣は更にもおぼしはなれたり。世の人も時による心ありてにや、さし向ひたる御方々には心をつくし聞えわび、今めかしきこと多かれどこなたは萬につけ物しめやかに引き入り給へるを、宮は御ふさいのかたに聞き傳へ給うて、深ういかでとおぼしなりにけり。若君を常にまつはしよせ給ひつゝ忍びやかに御文あれど、大納言の君深く心がけ聞え給ひて、さも思ひたちての給ふことあらばと氣色とり心まうけし給ふを見るにいとほしうひき違へてかく思ひよるべくもあらぬ方にしもなげの言の葉を盡し給ふ。かひなげなることゝ北の方もおぼしのたまふ。はかなき御かへりなどもなければま