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けじの御心そひておもほしやむべくもあらず。何かは人の御ありさまなどかはさても見奉らまほしう、おひさき遠くなどは見えさせ給ふになど北の方おもほしよる時々あれど、いといたう色めき給ひて通ひ給ふ。忍び所おほく八の宮の姬君にも御志あさからでいとしげうまかでありき給ふ。たのもしげなき御心のあだあだしさなども、いとゞつゝましければ、まめやかにおもほし絕えたるをかたじけなきばかりに思ひて母君ぞたまさかにさかしらがり聞え給ふ。


竹河

これは源氏の御ぞうにも離れ給へりし後ちの大殿わたりにありける、わるごだちのおちとまり殘れるが問はずがたりしおきたるは、紫のゆかりにも似ざめれどかの女どものいひけるは、源氏の御末々にひがごとゞもの交りて聞ゆるはわれよりも年の數積りほけたりける人の、僻事にやなどあやしがりける何れかはまことならむ。內侍のかみの御腹に故殿の御子は男三人女二人なむ坐しけるを、さまざまにかしづきたてむ事をおぼしおきて年月の過ぐるも心もとながり給ひしほどに、あへなくうせ給ひしかば、夢のやうにていつしかと急ぎおぼしゝ御宮仕もをこたりぬ。人の心時にのみよるわざなりければ、さばかり勢いかめしく坐せしおとゞの御名殘內々の御寶物らうじ給ふ所々、その方の衰へはなけれど大方の有樣引