Page:Kokubun taikan 02.pdf/275

提供:Wikisource
このページは校正済みです

つろひ給はざりし。心知らむ人になどこそ聞き侍りしか」など語り聞ゆ。大納言の御心ばへは我が方ざまに思ふべかめれと聞き合せ給へど思ふ心は殊にしみぬれば、この返事けざやかにものたまひやらず、つとめてこの君のまかづるになほざりなるやうにて、

 「花の香にさそはれぬべき身なりせば風のたよりを過さましやは」。「さて猶今は翁どもにさかしらせで忍びやかに」とかへすがへすの給ひて、この君も東のをばやんごとなくむつましう思ひましたり。なかなかこと方の姬君は見え給ひなどして例のはらからのさまなれど、童心地にいとおもりかにあらまほしうおはする心ばへを、かひあるさまにて見奉らばやと思ひありくに春宮の御方のいと花やかにもてなし給ふにつけて、おなじことゝは思ひながらいと飽かず口惜しければ、この宮をだに氣近くて見奉らばやと思ひありくにうれしき花のついでなり。これは昨日の御返りなれば見せ奉る。「妬げにもの給へるかな。あまりすきたる方に進み給へるを許し聞えず」と聞き給ひて左の大臣「われらが見奉るには、いとものまめやかに御心をさめ給ふこそをかしけれ、あだ人にせむにたらひ給へる御さまをしひてまめだち給はむも見所すくなくやならまし」などしりうごちて今日もまゐらせ給ふにまた、

 「もとつかのにほへる君が袖ふれば花もえならぬ名をやちらさむ。とすきずきしや。あなかしこ」とまめやかに聞え給へり。誠にいひならさむと思ふ所あるにやとさすがに御心ときめきし給ひて、

 「花の香をにほはす宿にとめゆかば色にめづとや人のとがめむ」など猶心とけずいらへ