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ぎ書きて、この君の懷紙に取りまぜ押したゝみて出したて給ふを、幼き心にいと馴れ聞えまほしとおもへば急ぎまゐり給ひぬ。中宮の上の御局より御とのゐどころに出で給ふほどなり。殿上人あまた御送にまゐる中に見つけ給ひて「昨日はなどいと疾くはまかでにし。いつ參りつるぞ」などのたまふ。「疾くまかで侍りにしくやしさに、まだ內におはしますと人の申しつれば急ぎまゐりつるや」とをさなげなるものから馴れ聞ゆ。「內ならで心やすき所にも時々はあそべかし。若き人どものそこはかとなくあつまる所ぞ」とのたまふ。この君召しはなちて語らひ給へば、人々は近うもまゐらず罷で散りなどしてしめやかになりぬれば「春宮にはいとま少しゆるされにためりな。いとしげうおもほしまどはすめりしを、時とられて人わろかめり」とのたまへば「まつはさせ給へりしこそ苦しかりしが、御前にはしも」と聞えさして居たれば「われをば人げなしと思ひはなたれたるとな。ことわりなり。されど安からずこそ。ふるめかしき同じすぢにて東と聞ゆなるはあひ思ひ給ひてむやと忍びて語らひ聞えよ」などのたまふついでに、この花を奉ればうちゑみて「うらみて後ならましかば」とてうちも置かず御覽ず。枝のさま花房色も香も世の常ならず「園に匂へる紅の色にとられて香なむ白き梅には劣れるといふめるを、いとかしこくとりならべても咲きけるかな」とて御心留め給へる花なればかひありてもてはやし給ふ。「今夜はとのゐなめり、やがてこなたにを」とめしこめつれば東宮にもえ參らず、花も耻しく思ひぬべくかうばしくて氣近くふせ給へるを若き心ちにはたぐひなくうれしくなつかしく思ひ聞ゆ。「この花のあるじはなど春宮にはう