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「ゆづりきこえて今宵もえ參るまじく、なやましくなむと聞えよ」とのたまひて、笛すこし仕うまつれ。ともすれば御前の御遊に召し出でらるゝ、かたはらいたしや。またいと若き笛を」とうちゑみて雙調ふかせ給ふ。いとをかしう吹い給へば、「けしうはあらずなりゆくは、このわたりにておのづから物にあはするけなり。猶かきあはせさせ給へ」とせめ聞え給へば苦しとおぼしたる氣色ながら爪彈きにいとよく合せて唯少しかきならし給ふ。かはぶえふつゝかになれたる聲してこの東のつまに軒近き紅梅のいとおもしろく匂ひたるを見給ひて「お前の花心ばへありて見ゆめり。兵部卿の宮うちにおはすなり、一枝をりてまゐれ。知る人ぞしる」とて「あはれ光源氏のいはゆる御盛りの大將などにおはせしころ童にてかやうにて交らひなれ聞えしこそ世と共に戀しう侍れ。この宮達を世の人もいとことに思ひ聞え、げに人にめでられむとなり給へる御有樣なれどもはしがはしにも覺え給はぬは猶たぐひあらじと思ひ聞えし心のなしにやありけむ。大方にて思ひ出で奉るも胸あく世なく悲しきを氣近き人のおくれ奉りていきめぐらふはおぼろけの命長さならしかしとこそ覺え侍れ」など聞え出で給ひて物哀にすごく思ひめぐらししをれ給ふ。ついでの忍びがたきにや花折らせて急ぎ參らせ給ふ。いかゞはせむ昔の戀しき御かたみにはこの宮ばかりこそは佛のかくれ給ひけむ御名殘には阿難が光放ちけむを二度出で給へるかとうたがふ。さかしきひじりのありけるをやみにまどはるけどころに、聞えをかさむかしとて

 「心ありて風のにほはす園の梅にまつうぐひすの問はずやあるべき」と紅の紙にわかや