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君たちを人に劣らじと思ひおごれどこの君にえしも優らずやあらむ、かゝればこそ世の中廣きうちはわづらはしけれ。たぐひあらじと思ふに優る方もおのづからありぬべかめり」などいとゞいぶかしう思ひ聞え給ふ。「月比なにとなく物さわがしき程に御琴の音をだにうけ給はらで久しくなり侍りにけり。西の方に侍る人は琵琶を心に入れて侍る。さもまねび取りつべくや覺え侍るらむ、なまかたほにしたるに聞きにくき物の音がらなり。同じくは御心留めて敎へさせ給へ、おきなはとりたてゝならふ物侍らざりしかど、そのかみ盛りなりし世に遊び侍りし力にや聞き知るばかりのわきまへは何事にもいとつきなくは侍らざりしを、うちとけても遊ばさねど時々うけ給はる御琵琶の音なむ、むかし覺え侍る。故六條院の御傅にて左のおとゞなむこの比世に殘り給へる。源中納言、兵部卿の宮、何事にも昔の人に劣るまじういと契りことに物し給ふ人々にてあそびの方は取りわきて心留め給へるを手づかひ少しなよびたるばち音なむ、おとゞには及び給はずと思ひ給ふるをこの御琴のねこそいと能く覺え給へれ。琵琶は押手しづやかなるをよきにするものなるにぢうさすほどばち音のさまかはりてなまめかしう聞えたるなむ、女の御事にてなかなかをかしかりける。いであそばさむや御琴まゐれ」とのたまふ。女房などはかくれ奉るもをさをさなし。いと若き上臈だつが見え奉らじと思ふはしも、心にまかせてゐたれば「さぶらふ人さへかくもてなすが安からぬ」と腹立ち給ふ。若君うちへ參らむととのゐ姿にて參り給へる、わざとうるはしきみづらよりもいとをかしく見えていみじくうつくしとおぼしけり。麗景殿に御ことつけ聞え給ふ。