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御子をもおはしまさせむの心づかひし給へり。その日みこたちおとなにおはするは皆さぶらひ給ふ。きさい腹のは孰ともなくけ高く淸げにおはします。中にもこの兵部卿の宮はげにいと勝れてこよなう見えたまふ。四のみ子常陸の宮と聞ゆる更衣腹のは思ひなしにやけはひこよなう劣り給へり。例の左あながちに勝ちぬ。例よりは疾く事はてゝ大將まかで給ふ。兵部卿の宮常陸の宮后腹の五の宮とひとつ車にまねきのせ奉りて罷で給ふ。宰相中將はまけ方にて音なく罷で給ひにけるを「皇子達おはします御送に參り給ふまじや」と推し留めさせて御子の衞門督、權中納言、右大辨など、さらぬ上達部あまたこれかれにのりまじりいざなひ立てゝ六條院へおはす。道のやゝ程ふるに雪いさゝか散りて艷なるたそがれ時なり。物の音をかしき程に吹き立て遊びて入り給ふをげにこゝをおきていかならむ佛の御國にかはかやうのをり節の心やり所を求めむと見えたり。寢殿の南の廂に常のごと南むきに中少將つきわたりも北むきに向へてゑがのみこ達上達部の御座あり。御かはらけなど始まりて物おもしろくなりゆくにもとめこ舞ひてかよれる袖どもの打ちかへす羽風に御前近き梅のいといたく綻びこぼれたるにほひのさとうち散りわたれるに、例の中將の御かをりのいとゞしくもてはやされていひ知らずなまめかし。はつかにのぞく女房なども闇はあやなく心もとなき程なれど、香にこそげに似るものなかりけれとめであへり。おとゞもめでたしと見給ふ。かたちよういも常よりまさりて亂れぬさまにをさめたるを見て、「右のすけも聲くはへ給へや。いたうまらうとだゝしや」とのたまへばにくからぬほどに神のますなど。