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ば、はかなくなげの詞をちらし給ふあたりもこよなくもてはなるゝ心なく靡きやすなるほどに、おのづからなほざりのかよひ所もあまたになるを人のためにことごとしくなどもてなさず。いとよくまぎらはしそこはかとなく情なからぬ程のなかなか心やましきを思ひよれる人はいざなはれつゝ三條の宮に參りあつまるはあまたあり。つれなきを見るも苦しげなるわざなめれど、絕えなむよりはと心ぼそきに思ひわびて、さもあるまじききはの人々のはかなき契りにたのみをかけたる多かり。さすがにいとなつかしう見所ある人の御ありさまなれば、見る人皆心にはからるゝやうにて見過ぐさる。宮のおはしまさむ世のかぎりは朝夕に御めかれず御覽ぜられ、見奉らむをだにと思ひのたまへば、右のおとゞもあまた物し給ふ御むすめたちを、一人一人はと心ざし給ひながらえことに出で給はず。さすがにゆかしげなきなからひなるをとは思ひなせど、この君達を置きて外にはなずらひなるべき人を求め出づべきよかはとおぼしわづらふ。やんごとなきよりもないしのすけばらの六の君はいとすぐれてをかしげに心ばへなどもたらひて生ひ出で給ふを、世のおぼえのおとしめざまなるべきしもかくあたらしきを心苦しうおぼして、一條の宮のさるあつかひぐさもたまへられでさうざうしきに迎へとりて奉り給へり。わざとはなくてこの人々に見せそめては必ず心留め給ひてむ、人の有樣をも見知る人はことにこそあるべけれなどおぼして、いといつくしうはもてなし給はず、今めかしくをかしきやうに物ごのみせさせて人の心づけむたより多くつくりなし給ふ。のりゆみのかへりあるじのまうけ六條院にていと心ことにし給ひて