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りもつけ給はねどあまたの御唐櫃にうづもれたるかうのかどもゝ、この君のはいふよしもなき匂ひをくはへ、御前の花の木もはかなく袖かけたまふ梅の香は春雨の雫にもぬれ身にしむる人おほく、秋の野にぬしなき藤袴ももとのかをりはかくれてなつかしき追風ことにをりなしからなむまさりける。かくあやしきまで人のとがむる香にしみ給へるを、兵部卿宮なむことごとよりもいどましくおぼして、それはわざと萬の勝れたるうつしをしめ給ひ朝夕のことわざにあはせいとなみ、お前の前栽にも春は梅の花園をながめ給ひ、秋は世の人のめづる女郞花さをしかのつまにすめる萩の露にもをさをさ御心うつしたまはず、老を忘るゝ菊に衰へ行く藤袴ものげなきわれもかうなどはいとすさまじき霜枯の比ほひまでおぼし捨てずなど、わざとめきて香にめづる思ひをなむ立てゝこのましうおはしける。かゝる程に少しなよびやはらぎすぎてすきたる方にひかれ給へりと世人は思ひ聞えたり。昔の源氏はすべてかくたてゝその事とやうがはりしみ給へる方ぞなかりしかし。源中將この宮には常に參りつゝあそびなどにもきしろふものゝ音を吹き立て、げにいどましくも若きどち思ひかはし給ひつべき人のさまになむ。例の世人はにほふ兵部卿、かをる中將と聞きにくゝいひつゞけてその比よきむすめおはするやうごとなき所々は心ときめきに聞えごちなどし給ふもあれば、宮はさまざまにをかしうもありぬべきわたりをばのたまひよりて人の御けはひありさまをも氣色とり給ふ。わざと御心につけておぼすかたはことになかりけり。冷泉院の一宮をぞさやうにても見奉らばやかひありなむかしとおぼしたるは、母女御もいとおもく