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くていと哀なるものにおぼされ、きさいの宮はたもとよりひとつおとゞにて、宮達諸共に生ひ出で遊び給ひし御もてなしをさをさ改め給はず、末に生れ給ひて心苦しうおとなしうもえ見おかぬことゝ、院のおぼしのたまひしを思ひ出で聞え給ひつゝおろかならず思ひ聞え給へり。右のおとゞも我が御こどもの君達よりもこの君をばこまやかにやんごとなくもてなしかしづき奉り給ふ。むかし光君と聞えしはさるまたなき御おぼえながら、猜み給ふ人うちそひ母方の御後見なくなどありしに御心ざまも物深く世の中をおぼしなだらめし程に、ならびなき御ひかりをばまばゆからずもてしづめ給ふ。遂にさるいみじき世のみだれも出できぬべかりしをも事なく過ぐし給ひて後の世の御つとめもおくらかし給はず、よろづさりげなくて久しくのどけき御心おきてにこそありしか。この君はまだしきに世のおぼえいと過ぎて思ひあがりたることこよなくなどぞ物し給ふ。げにさるべくていとこの世の人とは造り出でざりける、假に宿れるかとも見ゆること添ひ給へり。顏かたちもそこはかといづこなむすぐれたるあなきよらと見ゆる所もなきが、たゞいとなまめかしう耻しげに心のおくおほかりげなるけはひ人に似ぬなりけり。かのかうばしさぞこの世のにほひならず、あやしきまでうちふるまひ給へるあたり遠く隔たる程のおひ風もまことに百步の外も薰りぬべき心地しける。誰もさばかりになりぬる御有樣のいとやつればみたゞありなるやはあるべき。さまざまにわれ人にまさらむとつくろひ用意すべかめるを、かくかたはなるまで打ち忍び立ちよらむも物のくまもしるきほのめきのかくれあるまじきにうるさがりてをさをさ取