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りて院にも御覽じ馴れたる御導師の頭はやうやう色かはりて侍ふも哀におぼさる。例の宮達上達部などあまた參り給へり。梅の花のわづかに氣色ばみはじめて雪にもてはやされたる程をかしきを、御あそびなどもありぬべけれど猶今年までは物の音もむせびぬべき心地し給へば時によりたるものうち誦じなどばかりぞせさせ給ふ。まことや導師の盃のついでに、

 「春までの命もしらず雪のうちにいろづく梅をけふかざしてむ」。御かへし、

 「千世の春見るべき花といのりおきて我が身ぞ雪とともにふりぬる」。人々おほくよみおきたれど、もらしつ。その日ぞ出で給へる。御かたち昔の御光にも又おほくそひてありがたくめでたく見え給ふを、このふりぬるよはひの僧はあいなう淚もとゞめざりけり。年暮れぬとおぼすも心ぼそきに若宮のなやらはむに音たかゝるべきことなにわざをせさせむと走りありき給ふもをかしき御ありさまを見ざらむことゝ、よろづに忍びがたし。

 「物思ふと過ぐる月日もしらぬまに年も我が世もけふやつきぬる」。朔のほどのこと常よりことなるべくとおきてさせたまふ。みこたち大臣の御引出物品々の祿どもなど二なうおぼしまうけてとぞ。


匂宮

光かくれ給ひにしのちかのみかげに立ちつぎ給ふべき人そこらの御末々にありがたかりけ