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に忘れがたし。ましてことわりぞかしと思ひ居給へり。昨日今日と思ひ給ふるほどに御はてもやうやう近うなり侍りにけり。いかやうにかおきておぼしめすらむと申し給へば「何ばかり世の常ならぬことをかはものせむ。かの志おかれたる極樂のまだらなどこの度なむ供養すべき。經などもあまたありけるをなにがし僧都皆その心くはしう聞き置きたなれば又加へてすべきことゞもゝかの僧都のいはむに從ひてなむ物すべき」などのたまふ。「かやうのことゞももとよりとりたてゝおぼしおきてけるはうしろやすきわざなれどこの世にはかりそめの御契なりけりと見給ふにはかたみといふばかり留め聞え給へる人だにものし給はぬこそ口惜しう侍りけれ」と申し給へば、「それはかりそめならず、命ながき人々にもさやうなることの大方少かりけるみづからの口惜しさにこそ。そこにこそはかどはひろげ給はめ」などのたまふ。何事につけても忍びがたき御心よわさのつゝましくて過ぎにしこといたうもの給ひ出でぬに、またれつる杜鵑のほのかにうち鳴きたるもいかにしりてかと、聞く人たゞならず。

 「なき人を忍ぶるよひの村雨にぬれてやきつる山ほとゝぎす」。いとゞ空をながめ給ふ。大將、

 「杜鵑きみにつてなむふるさとの花たちばなは今ぞさかりと」。女房など多くいひあつめたれどとゞめず。大將の君はやがて御とのゐに侍ひ給ふ。さびしき御獨寢の心苦しければ時々かやうに侍ひ給ふをおはせし夜はいとけどほかりし。おましのあたりのいたうも立ち離