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行ひに夜中になりてぞ晝のおましいとかりそめにより臥し給ふ。つとめて御文奉り給ふに、

 「なくなくも歸りにしかな假の世はいづくもつひのとこよならぬに」。よべの御有樣はうらめしげなりしかどいとかくあらぬさまにおぼしほれたる御氣色の心苦しさに、身の上はさしおかれて淚ぐまれ給ふ。

 「雁がゐし苗代水の絕えしよりうつりし花のかげをだに見ず」。ふりがたうよしある書きざまにもなまめざましきものにおぼしたりしを、末の世にはかたみに心ばせを見しるどちにてうしろやすき方にはうちたのむべく思ひかはし給ひながら、またさりとてひたぶるにはたうちとけず、ゆゑありてもてなし給へりし心おきてを、人はさしも見知らざりきかしなどおぼし出づ。せめてさうざうしき時はかやうに唯大方にうちほのめき給ふ折々もあり。昔の御ありさまには名殘なくなりにたるべし。夏の御方より御ころもがへの御裝束奉り給ふとて、

 「夏衣たちかへてけるけふばかりふかき思ひもすゝみやはせぬ」。御かへし、

 「羽衣のうすきにかはる今日よりはうつせみの世ぞいとゞ悲しき」。祭の日いとつれづれにて今日は物見るとて人々心地よげならむかしとてみ社のありさまなどおぼしやる。「女房などいかにさうざうしからむ。里に忍びて出でゝ見よかし」などのたまふ。中將の君ひんがしおもてにうたゝねしたるを步みおはして見給へればいとさゝやかにをかしきさまして起き上りたり。つらつき花やかに匂ひたる顏もてかくして少しふくだみたる髮のかゝりなどいとをかしげなり。紅のきばみたるけそひたる袴、くわんざう色のひとへいと濃き鈍色に黑